MaricoLog

30代既婚、共働きの女です。日々の雑感を綴ります。

煙草をやめて3ヶ月たった

3ヶ月と少し前、ふと思い立って煙草をやめた。

古くから私を知っている人はみんな驚く。

「誰が禁煙してもMaricoは吸ってそうだった」って、どんなキャラですか一体。

 

備忘録的に、経緯と現在の状況を記録しておこうと思う。

 

煙草を吸い始めたきっかけ

私はヤンキー生息地として名高い関東の某県で育った。

ただ、中学卒業までは県南の割りとハイソ的な(根っからの県民には「いけすかない」

と言われることもある)地域で純粋培養的にすくすくと育ち、

もちろん喫煙や飲酒、短いスカートやルーズソックスなんかとはほぼ無縁の

学校生活を送っていた。

(今はどうかしらないけど、当時のあの地域の雰囲気は稀有だったと思う。

「非行」なんてテレビのなかだけの話だった。)

 

中学を卒業して、ちょっとした繁華街のある隣の市の高校へ通い始めた。

高校自体は進学校で真面目な子の多い学校だったけど、中学時代に比べれば

やっぱりそれなりに遊んでる子も混ざっていて、もともと好奇心旺盛で

染まりやすく、情緒も安定していないタイプの私は、そういう子たちとつるんで

典型的な高校デビューを果たした。

 

今でも一番の親友でに出会ったのは高校時代だった。

その子は中学から煙草を吸っていた。

1コ上のバンドマンの先輩に恋をした。

その先輩も中学からスモーカーだった。

 

家庭の事情もあって悪ぶりたいお年頃真っ盛りだった私は、当然の如く

煙草を吸い始めるようになった。

吸い始めかた止めるまで、銘柄はずっとヴァージニア・スリム・ライト。

後悔はしてないけど、今思えばきっかけなんて本当に取るに足らないようなきっかけだった。 

 

※(書くまでもないですが・・・)未成年の喫煙は法律で禁止されています。

  時効ということでご勘弁ください。

茨城あるある

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常に傍らに煙草を置いて過ごした20代

吸い始めたのが17才、煙草を止めたのが31才。

約14年間の間、青春や社会人生活の思い出は傍らにいつも煙草があった。

 

やたらとスモーカーの多いサークルに所属していた大学生時代。

ネットベンチャーで営業の仕事につき、ストレスで精神的にもちょっと

くたくただった20代前半から半ば。

今の会社に入社し、生活リズムや自分なりのバランスが整い、色々と折り合いも

つくようになった20代後半。

 

営業時代は、喫煙所で顔を合わせる他部署の人やちょっとえらい人と

話す機会ができ、若かったこともあってかわいがってもらえた。

ただ社会人になると、女性で大っぴらに「煙草を吸っている」って言えない場面も

多くなって、面倒臭く感じ始めた。

「お酒好きの煙草を吸う女性」って、なんとなく内面について一定のステレオタイプ

で見られる感じもある。

あと単純に、匂いやヤニ汚れ(歯とか、部屋とか)は常に気をつけていないと

いけない。

 

でも私は煙草が好きだった。

ケースから取り出して口にくわえ、ライターで火をつけて煙を吸い込む

一連の動作とか。

職場の喫煙所の、なんとなくけだるい、でも妙に連帯感や親しみのある空気とか。

夜の酒場の間接照明に浮かぶひとすじの煙とか。

「禁煙セラピー」のアレン・カーの言う「脳がやられている」状態だったのかも

しれないけど、私は時に面倒に思いつつも煙草の煙を愛しく感じていたと思う。

ぼんやりと「あー、値上がりするし、禁煙した方がいいんだろうなー」と

思うことはあっても、能動的に煙草をやめようと思ったことって一度もなかった。

 

あぁ、でもこういうことを文章に書いていても、もう吸いたいとは

思わないんだなって、なんとなくしみじみ。

 

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そんな私がどうして煙草を止めたのか

健康への配慮とかアンチエイジング的なこととか、値上がりとか嫌煙ムードの

高まりとか、たぶん理由はいくつかつけられるのですが。

 

止めたきっかけは「なんとなく」でした。

 

14年間、每日30本は吸ってたくせに!!なんとなくって!!!

って、自分が一番思いました。。

「煙草をやめる」って、もっと断腸の思いでもって決断するものだと思ってた。

 

その日はいつも通り会社で仕事をしていて、ふと「あ、なんとなく今やめられそう」

って思ったのが、私の卒煙でした。

 すぐにその場で手持ちの煙草を捨て、タバコケースを捨て、誰に告げるでもなく

「吸わない」ことにしてみた。

 

帰宅してからは買い置きのカートンを目につかない場所にしまい、封の開いていた

箱はぜんぶ折ってゴミ箱へ。(夫も喫煙者なので、灰皿は撤去しなかった)

帰宅した夫は目を剥いて驚き、家庭内での喫煙者の権利が脅かされるのでは

ないかと戦々恐々としていた。

 

離脱症状とかニコチン依存とかは、私の場合は思ったほどなかった。

家で夫は煙草を吸うし、飲みに行けば同席者は煙草を吸う。

夫の煙草はいつでも手の届くところに転がっている。

でも、特に苦でもなかった。

吸わないって決めてしまえば、大して気にならないものなんだなーって。

(「お酒をやめる」とか「食べる量を 調節する」ほうが、私には難しいかも)

 

ただ、私は「禁煙なんて簡単」とか「意思の強いわたくし☆」とか、そういうことが

言いたいわけではない。

止めたときも今でも一番に感じるのは、一抹の寂しさというか世の無常というか。。。

 

あんなに大好きだったのに。

あなたなしでは生きてゆけないとすら思っていたのに。

楽しいときも辛いときも、常にあなたは私の傍にいてくれたのに。

こんなに簡単に、離れてしまえるなんて・・・。

  

みたいな、ものすごくセンチメンタルな気持ち。

戻れない場所。進んでしまった時間。あぁ。。。

 

大袈裟なのは重々承知なんですが、私にとってはほんっっとーーーーに、

切ない気持ちがまず一番。簡単にやめられてしまったことが、ショックでもある。

面倒が少ないことや長い目のメリットを考えると、せっかくやめたのを

また吸おうとは思わないのだけど。

なんというか、禁煙が成功したことは嬉しくもあり、なんだか身体の一部を

なくしたような寂しさも感じる。

私にとって煙草は「青春の象徴」だったのかなーなんて思います。

 

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 もう吸わない。でも煙草の煙はやっぱり嫌いじゃない。

最後に。

寂しいけど、センチメンタルな気持ちになるけど、もうたばこは吸わない。

「青春の象徴」という位置づけで、色々ちょうど良いと思う。

 

あと、世の中には「禁煙したとたん嫌煙家になる人」がけっこういるように思う。

でも私は、それってちょっとあんまりだよな、と思っちゃいます。

やめると煙や匂いに敏感になるのは分かる。煙草の煙が及ぼす害についても分かる。

分かるけどさ、現時点で法律で禁止されているわけではないのだから、マナーと

配慮をもって煙草を嗜んでいる人に対して、いかにも「私は正しい。煙草は悪だ。」

みたいな態度を取るのは、なんとなくヒステリーじみていると思う。

分煙されていない or 分煙が完全でないお店で煙が気になるなら、それは喫煙者では

なくお店側のスタンスの問題。

これみよがしに煙草の煙を嫌がったり、場合によっては喫煙者に直接煙草を

控えるよう求める人って実際にいるけど、ちょっと違うよね。

もともと吸っていた人ならなおさら、吸う人吸わない人、双方の立場が分かった

うえでの立ち振舞ができるんじゃないかなと思う。

 

私自身は、煙草をやめた今でも煙の香りは嫌いじゃない。

懐かしいような、切ないような、なんだかやっぱり「青春の象徴」なんだなと思う。

 いつかお婆ちゃんになったら、死ぬ前にはもう一度吸おうかな。

 

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受動喫煙の環境学―健康とタバコ社会のゆくえ

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美男子と煙草

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